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大阪高等裁判所 平成5年(う)480号 判決 1994年7月08日

主文

原判決中被告人 T1に関する部分を破棄する。

被告人 T1を懲役一年二月に処する。

被告人株式会社甲の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬(主任)及び同岡惠一郎共同作成の控訴趣意書(平成五年一一月五日付け控訴趣意補正書により補正されたもの。控訴趣意書第一点の四の主張は撤回。)記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官三ツ本輝彦作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、被告人株式会社甲(以下、「被告会社」という。)は、昭和六二年六月三〇日終了の事業年度中に、土地取引に関する簿外経費として、Kに対し、三件合計三億九二〇〇万円の支出をしているのに、右の経費の存在を考慮せず、同年度において、一〇億円のほ脱所得を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認がある、というのである。

所論にかんがみ、記録及び原審で取り調べた証拠を調査して検討すると、以下の各事実が認められる。<1>被告会社は、昭和四六年七月被告人 T1(以下、「被告人」という。)が設立した、建築の総合請負、不動産の売買、各種飲食業の営業等を目的とする会社であり、昭和六二年八月ころは、被告人が代表取締役として被告会社の業務全般を統括し、被告人の長男 T2(現代表取締役)が専務取締役、二男 T3が取締役工事部長としてこれを補佐していた。<2>被告人らは、同月中旬ころ、被告会社の当時の本社事務所において、当時被告会社の顧問税理士であった清水久雄税理士らと、被告会社の昭和六二年六月期の決算について検討した際、同税理士から、被告会社の同期の税引き前の利益が一二億円を超え、これに対する税額が一〇億円近くに達する旨の説明を受け、被告人は、その額の大きいことに驚くとともに、利益のほとんどを他の物件の買収等に投資し、手元に資金を留保していなかったことから、その支払に窮することとなった。<3>そこで、被告人は、かねてから資金の融通をし合うなど何かと世話になっていた株式会社×建設工業の代表者Uに頼んで、同人への架空の支払経費を計上することにより、税金の支払を免れようと企て、同人に電話をして、額面一〇億円の領収証の発行を依頼し、その了承を得た。<4>その後、被告人は、Uから額面三億円、四億五〇〇〇万円、二億五〇〇〇万円の三通の領収証(当庁平成五年押第一四七号の1ないし3)を受領し、 T2らに指示して合計一〇億円の架空経費を計上した確定申告書を作成させ、これを伏見税務署に提出するとともに、富士銀行出町支店に×建設名義の口座を開設して、同口座に三回にわたり合計一〇億円を振込送金した上、数日後にはそれをすべて引き出し、その資金の流れに見合う外観を作出するなどした。

以上の認定事実に照らすと、被告人が、被告会社の業務に関し、一〇億円の所得をほ脱し、法人税六億二五一八万七八〇〇円の支払を免れたことは明らかである。

所論は、被告会社のKに対する合計三億九二〇〇万円の簿外支出経費の存在を主張する。そこで、検討するに、刑事訴訟法(以下、「法」という。)三八二条は、事実の誤認を控訴理由とする場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠(以下、「記録等」という。)に現れている事実であって明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用すべきこととしているところ、所論が、Kに対する合計三億九二〇〇万円の簿外の経費支出を示すものとして控訴趣意書第一項及び同補正書に援用している諸事実は、いずれも記録等に現れていない事実であって、同条によっては適法に控訴趣意書に援用することの許されないものである。そこで、所論は、法三八二条の二第一項、三八二条による事実として、原審で取調べを請求しなかった弁護人作成のKの供述録取書二通、被告人の供述書(その二)の取調べを請求し、さらにこれら新供述を裏付けるものということで登記簿謄本(写)二通をも取調べ請求し、これらが検察官により不同意とされるや、さらに証人K及び被告人の取調べを請求し、これらの証拠によって証明できる事実を援用する、というのである。そして、所論は、原審において被告人がKへの簿外支出について供述せず、かつ右各証拠の取調べを請求しなかった理由につき、次のように主張する。すなわち、被告人は、税務調査で、暴力団関係者に対する支出は、経費として認められないと言われていたので、そのような主張をしても取り上げてもらえないと思っていたこと、原審弁護人に対して、×建設工業に対する一〇億円の支払は架空であるが、組関係者に経費を支払っている旨述べたが、同弁護人からそのようなものは駄目だと言われてはねつけられたこと、同弁護人のいうとおり、すべての税を完納し、事実を認めて改悛の情を表せば必ず執行猶予の恩典を受けられると信じていたこと、暴力団関係者であるKに証言を依頼すると、必ず、後日、恩を着せられ煩わしい関係になることを恐れたことなどによる、というのである。

しかし、右のような事情は、法三八二条の二にいう「やむを得ない事情」に当たらないことが明らかである。したがって、弁護人が当審において取調べ請求した証拠(原判決後の情状に関する部分を除く。)は、いずれも法三八二条の二第一項、第三項前段又は後段所定の疎明を欠くものであるから、当裁判所は法三九三条一項ただし書によりその取調べが義務付けられるものではなく、これら証拠によって証明することのできる事実を援用する論旨は、法三八二条の二第一項、三八二条による控訴趣意としては不適法である。

そこでさらに、当裁判所が法三九三条一項本文により、裁量(職権)によって弁護人が当審において取調べ請求した証拠を取り調べるべきかどうかについて検討する。Kに対する経費支出については、被告会社の当期の総勘定元帳に、仮払金として合計四九九万円の支出が記載されていることが認められるが、記録等を精査しても、その主張にかかるような三億九二〇〇万円もの多額の経費支出の存在をうかがわせるに足りるものは存在しない。本件は、昭和六二年六月三〇日終了事業年度に関する被告会社の法人税につき同年八月三一日所轄税務署に原判示の虚偽過少の法人税確定申告書を提出し、法定納期限を徒過させたものであるが、国税通則法二三条は、法定申告期限から一年以内に限り更生請求を認めているにすぎないところ、被告会社及び被告人は、平成五年八月三一日提出の控訴趣意書において、はじめて更生請求にも匹敵する所論の多額の簿外支出経費の計上漏れを理由として所得金額の減額、ひいては法人税額の減額を主張するに至ったものである。そして、所論の簿外支出経費は、当時の被告会社社長室において、被告人個人の手持ち現金からKに対して直接支払ったもので、公表処理せず、領収書も作成されていない、というのであり(控訴趣意補正書二項)、その他裏帳簿等物証はまったくなく、単に、Kと被告人の供述により立証しようとするにすぎないものであり、国税の徴収権は五年で消滅時効にかかること(国税通則法七二条)からしてKの昭和六二年度の所得税に関しては、もはやなんらの税法上の是正措置もとり得ないことを併せ考えると、仮にKが所論にそう供述をしたとしても、たやすくこれを信用し難い事情にある。しかも、被告人は、前記のとおり決算に際して多額の利益の存在が明らかになっても、Kへの支出を経費として処理しようとした形跡はまったくなく、むしろ、直ちに、Uに依頼して×建設工業への架空の経費計上を企て、査察官や検察官の取調べに対しても、Kに対する所論の経費支出の存在を一切主張していないのであって、巨額の簿外経費が本当に存在するのであれば、被告人のこのような態度は、極めて不自然であるといわざるを得ない。また、税法上経費として損金性を認められるためには、本件不動産売買と直接的関連性を有し、かつ不動産売買所得を得るために通常必要な支出であることが要件となるところ、その主張にかかるKへの簿外支出は、暴力団関係者であるKに他の暴力団や右翼団体等への妨害対策に対する報酬等として渡したものであるというのであって、支出の目的や使途があいまいであるだけでなく、その趣旨からしても必要経費として認めるに由ないものというべきである。

以上を総合考慮するとき、実体的真実の発見及び具体的妥当性の見地からみても、当裁判所が裁量で弁護人請求の証拠を取り調べるまでの必要はないものと認められる。右の次第で、当裁判所は、弁護人の右各証拠の請求を却下したところである。

よって、一〇億円のほ脱所得を認定した原判決には所論の事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(憲法違反の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、本件に昭和六二年法律第九六号による改正前の租税特別措置法六三条一項一号を適用して課税金額を算出したが、同条項は、憲法二九条一項に違反する、すなわち、土地重課規定は、法人の行なう一定の土地の譲渡所得課税について、譲渡利益金額の合計額に百分の二十の割合を乗じて計算した金額を加算するというもので文字どおりの重課であり、本件においては、国税地方税を合せると、譲渡所得金額の合計の九〇・四三パーセントというまったく脅威的な高率となるのであって、これは、昭和六二年法律第九四号による改正前の地方税法三七条の三が、所得税について、国税・地方税を合せて課税総所得金額の七八パーセントを超えてはならないと規定し、所得課税分野において、国民の財産権を侵害するか否かの境界線として常識的考量のもとに定められた尊重されるべき基準に照らしても、生命自由及び幸福追求に対する国民の権利である財産権を著しく侵害するものであり、その侵害の程度は公共の福祉に反しないとはいえず、無効なものであるから、これを有効であるとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

所論にかんがみ検討すると、原判決が、「弁護人らの主張に対する判断」の項で、いわゆる土地重課規定が憲法一四条一項、二九条三項、二一条、二二条及び八四条の各規定に違反しないと説示するところは、まことに正当であり、右の説示は、同規定が、憲法二九条一項に違反しないことの根拠としても、そのまま妥当するというべきである。課税額が譲渡所得金に対し高率になることなど、当審での弁護人の主張を考慮しても、右規定が、ただちに財産権を著しく侵害し、憲法二九条一項に違反するとはいえない。

したがって、原判決には所論の法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三点(量刑不当の主張)について

論旨は、原判決の量刑は、いずれも、重過ぎて不当であり、特に被告人 T1については、刑の執行を猶予されたい、というのである。

所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

本件は、被告会社の代表取締役であった被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、一〇億円に上る架空仕入を計上する方法により、その所得の一部を秘匿した不正の行為により六億二五一八万七八〇〇円の法人税を免れたという事案であるが、そのほ脱額は膨大であり、ほ脱率も約七七パーセントに及び(原判決の「量刑の理由」の項において、七一・九パーセントと記載されているのは、誤算と認める。)低いとはいえない。被告人は、前記のとおり顧問税理士から、税引き前の利益が大きく、これに対する法人税が多額になる旨の説明を受けるや、税理士の助言にも耳を貸さず、独断で、多額の架空支払を計上して脱税することを企図し、Uに依頼して領収証の発行を受ける一方、×建設工業名義の口座を開設して振込送金し、数日後にはそれをすべて引き出して支払を仮装したもので、その手口は大胆であるだけでなく、巧妙で周到な一面があることも否定できない。そして、本件法人税額は、一般税率による法人税額に、いわゆる土地譲渡利益にかかる重課分の税額二億七九〇四万八六〇〇円が加算されており、したがって、本件ほ脱税額も、通常のほ脱法人税額に、土地重課分のほ脱税額二億〇五一八万七八〇〇円(この分のほ脱率七三・五パーセント)が加算されているところ、法人の行った土地譲渡により得た利益に対する重課規定は、土地取引の異常な高騰という社会情勢のもとにおいてこれを抑制するために設けられた特別の規定であり、量刑に当たっては、このことも考慮に入れるべきであると考えるが、本件においては、この土地重課分を除外した一般税率によるほ脱法人税額にしても四億二〇〇〇万円の巨額に上り、そのほ脱率も七九・二パーセントにも及ぶものであり、いずれにしても被告会社及び被告人の刑事責任には重いものがあるといわざるを得ない。

一方、本件脱税が一事業年度の単発的なものであること、ほ脱のための不正手段を日常から計画的にとっていたというものではなく、決算報告を聞き急きょ本件犯行を思い立ったものであること、被告人は、犯行を素直に認めて捜査に協力し、本件について反省の態度を示していること、同種のものはもとよりさしたる前科前歴はないこと、本件ほ脱が発覚した後すみやかに重加算税を含めすべての税金を納付していること、その他被告人の年齢、家庭や事業の状況等、被告人らに有利にしんしゃくすべき情状も認められる。以上を総合考慮するとき、被告会社を罰金一億二〇〇〇万円に、被告人を懲役一年六月の実刑に処することはやむを得ないとした原判決の量刑は、破棄してこれを是正しなければならないほど重過ぎて不当であるとは認められない。

しかし、当審における事実取調べの結果によると、被告人は、原判決を厳粛に受け止め、被告会社の代表取締役の地位を退いて長男である現代表者 T2に譲り、それなりの社会的責任を取るとともに、被告人個人あるいは被告会社として日本赤十字社などの諸団体に対し合計三六五五万円の贖罪寄付をし(領収証等があるのは、三六五〇万円分。うち七〇〇万円分については、原判決前の寄付である。)、更に反省の情を明らかにしていることが認められ、前記の原審当時から存した被告人のために酌むべき諸情状にこれらの原判決後の事情を併せて考慮すると、前記の犯情にかんがみ被告人に対する懲役刑の執行を猶予するのを相当とするまでの事情は認められないものの、被告人に対する原判決の量刑をそのまま維持することは相当でないというべきである。

よって、刑事訴訟法三九七条二項により、原判決中被告人 T1に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書により更に判決することとし、原判決が認定した事実にその挙示する各法令を適用し、その刑期の範囲内で同被告人を懲役一年二月に処することとし、被告会社については、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朝岡智幸 裁判官 楢崎康英 裁判官 笹野明義)

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